日本の屋外大型映像メディアは1980年新宿での白熱電球式モノクロ大型映像装置に始まり、渋谷、原宿、六本木、心斎橋、名古屋へと幕開けした。さらに1993年に中村修二教授(当時日亜化学在)が実用的な高輝度青色LEDを発表、これを機に神戸、広島、福岡と更なる広がりをみせ、43年の時を経た今では全国の主要な都市に立する生活者メディアとして発展を遂げてまいりました。平成9年1月に前身である「日本大型ビジョン事業者協議会」を発足して以来、当会ではパブリックビューイングが「日本の都市ランドマーク」の役割を果たすべく、未来を変える高精細画像技術と伝送技術とのペアリングにより、マスメディアや携帯情報端末によってサポートされた聴衆の視点を、屋内外デジタルサイネージでは決して果たせない領域「都市、ストリートを行き交う生活者の行動や思考の視座を高めるメディアサービス」を実現出来るよう目指してまいりました。
これからも正確な情報、平時、緊急時の正しい行動を瞬時に伝える「社会に資するメディア」の責務を果たし、日々進化するマーケティングに適応可能なメジャメント研究により事業の継続を追求し、さらには画像、音声、伝送の最新技術との融合を図り、都市生活者の意識変革を誘発する「素敵な街づくり」への貢献に挑んでまいります。
4つの役割と活動内容
4つの映像技術と表現の発展
令和5年5月吉日
一般社団法人日本パブリックビューイング協会
Japan PublicViewing Association
代表理事 神保 成章